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藤本寿徳

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見栄を張らない美しさ
*伝統的な日本建築と見栄の関係、あるいは農家(民家)が好きな理由

簡単にイメージできるように、神社仏閣と、城は除外して話をすると、
伝統的な日本建築には

 農村に建つ庶民の農家、豪農(支配層)の農家
 町や郊外に建つ、長屋、町家、商人の家、武士の家
 貴族の家

などがある。農家や長屋以外のお金持ちの木造建築の発展には「見栄」が大きくかかわってきていると思う。実際、文化財として残っているものも、お金が「見栄」の部分に使われているものが多い。

材料の高いものを使ったり、匠の技を駆使して不必要な意匠性の高いものを目指したり、庭園など虚の自然などを配したり…そういう世界なのではないか。

それに比べて、農家というのは、雨風を防ぐ屋根を支える構造がそのまま家の形となって、そぎ落とすものがないほどのシンプルさを持ち、その地域にあわせた形のバリエーションを持つ。

「見栄」というのは、豊かさの本質ではないと思っているので、豪農、豪商、貴族趣味の日本建築は実は好きではない。それより、普通の農家の素直さと包容力。そういうところに魅力を感じる。

中世、近世の封建社会の日本から平等で民主主義の世の中に変わった今、家の豊かさというのも「見栄の文化」から変わってきていいはず。それがどうあればいいのかと考える。

技術の発達によって、木造も自由になり、当然コンクリートや鉄骨もあって、自由に空間がつくれる時代になっている。

現代の生活や家族、地域コミュニティーに対しての家のあり方、また生活空間の気持ち良さを考えた時、その本質をつきつめていくと、昔の農家がそうであったように、ある構造形式を与えるだけで解決できると思っている。時代がそうであるように構造形式の選択も自由である。

コンクリートといっても、いろいろな構造形式がある。また、平面計画、断面計画が自由な中にも本質的な形式というのがある。そういう本質的なものの組み合わせだけで、現代の普通の人の豊かさや気持ち良さの形を追い求めたい。家族や土地にふさわしい単純な構造形式は無数にあるのではないかと思っている。

ということで、農家が好きな理由というのは、そんなところにあります。見栄を張るのではなく、どう造ったら本質的な豊かさが現れるか。ということを考えるとき、農家が目標になるのです。

実際、農家というのは設計の参考にはなりません。目標といったのは、農家から感じる美しさ。
それに負けない美しさが自分の設計した建物にあるのか?
農家の美しさとはなにか?美しさといってもまちがった美しさではないのか?


農家の美しさに負けないこと、それが目標です。

(書いた後ちょっと後味悪い)
いいものをいいと認めて愛でる。ということと見栄とは別な話だし…
誤解を恐れず書くと、お金をかければ、よりいいものを作れるわけで…
各人の心の持ち方が大事ということなのかもしれない。

しかし建築行為は、権力者の権威の象徴を担ってきた事実もあるわけで、現代でも結びつきやすいのは建築の本質なので自覚的でありたいとは思っている。
09:55, Wednesday, May 19, 2010 ¦ 固定リンク

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